ドラケンを救った。 それだけは、できた。
ナオトの車が街を走る間、タケミチは窓の外を流れるビルを見ながら、そのことを繰り返し考えていました。 十二年前に戻って、暗闇の中で龍宮寺健とナイフの間に立った。 そして、日向が生きている未来に帰ってきた。 それは本当のことだった。 本当に起きたことだった。
「気分が悪そうだな」ナオトが運転席から言った。
「大丈夫だ」
「汗かいてるぞ」
「大丈夫だって言った」
ナオトがちらりとタケミチを見た。 タケミチが記憶している少年とは違う男になっていた。 落ち着いていて、するどくて、顎の線に刑事らしい忍耐があった。 「正直に言うと、お前が戻ったとき、成功する確率は十パーセントくらいだと思ってたよ」
「ありがとう」
「だってどう見てもダメなやつだから」
「わかってる」
「でも、トーマンの抗争は起きなかった。 日向は生きてる」ナオトは報告書を読むみたいに、はっきりと言いました。 「今は小学校の先生だ。 自分のアパートを持ってる」
タケミチはその言葉を頭の中で何度も繰り返した。 小学校の先生。 想像しようとしたけれど、うまくできなかった。 十四歳のころの日向が頭に浮かんでしまうのだ。 大声で笑って、何も考えずに言葉を出して、タケミチが一番必要なときに襟首をつかんでくれた日向が。
「変わったんだな」とタケミチは言った。
「二十六歳だからな。 ほとんどの人は変わるよ」
タケミチは何も言わなかった。 その先に行くと、まだ行きたくない場所に着いてしまうので。
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静かな街の低いアパートの前に車を停めました。 タケミチは車を降りて、歩道に立ってアパートを見上げた。 四階建て。 きれいなコンクリート。 二階のバルコニーに小さな鉢植えが並んでいた。
「三階だ」とナオトが言いました。
「そうか」
「行かないのか?」
タケミチの足は動かなかった。 歩道に立ったまま、目の前の事実がゆっくりと並んでいくのを感じた。 日向は、あの階段の上にいる。 三十メートル先に。 十二年前に戻って、死にかけた少年を救い出して、このために来た。 なのに今、足が動かなくて歩道に立っているだけだった。
「行けない」とタケミチは言った。
ナオトが彼を見た。 「何?」
「お前が行ってくれ。 何か言って。 近くを通ったとか」
「タケミチ」
「日向は俺が救ったなんて知らない」タケミチはもう後ずさりしながら、両手を上げていた。 「何も知らないんだ。 日向にとって、俺は十四歳のときに付き合ってたやつってだけだ。 別れた。 十二年前のことだ。 もう完全に忘れてるかもしれない」
「そんな遠くから来て、アパートの外に立つだけか」
「俺は変わってない」その言葉は平べったく、固く出てきた。 ずっと押さえていたみたいに。 「それが問題なんだ、ナオト。 俺は戻った。 戦った。 全部やった。 でも帰ってきたら、まだ二十六歳でバイトしてる。 最初と同じダメなやつのままだ。 日向は先生だ。 自分の人生をしっかり生きてる。 俺に何が言えるんだ?」
ナオトが口を開こうとした。
タケミチは向きを変えて歩き出した。
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十歩くらい歩いたところで、声が聞こえた。
「あんた、いつも変なタイミングで現れるね」
タケミチは止まった。
ゆっくりと振り返った。 速く動いたら、この何かが壊れてしまうかもしれないと感じたので。
橘日向が、紙袋に食材を入れて歩道に立っていた。 記憶より少し背が高くなったか、それとも子どもだったころとは違う、大人になったということなのかもしれない。 髪は短くなっていた。 少し首を傾けながらタケミチを見ていた。 その表情は記憶の中で完全には思い出せなかったものだったけれど、見た瞬間にわかった。 まっすぐで、少し面白そうで、それほど驚いていない表情だった。
タケミチは泣き出した。
計画していたわけじゃない。 いっぺんに全部が来てしまったのだ。 日向が何度も襟首をつかんでくれたこと。 謝るのをやめて何かしろと言ってくれたこと。 帰ってきた未来で、日向がいなくなっていて、写真と弟の悲しみだけが残っていたこと。 そして今、日向はここにいて、食材を持って、生きている。
「ねえ」日向が言った。 今度は不安そうな声だった。 「ねえ、大丈夫?」
タケミチは話せなかった。 手の甲を口に当てて、歩道で泣き続けた。 まるでバカみたいに。
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日向のアパートの部屋に上がって、三人は三角形に座りました。 日向はソファ、ナオトは窓際の椅子、タケミチは床に座った。 なぜかそこに座ってしまって、今さら直すのも遅い気がしたので。 食材はキッチンのカウンターの上にあった。 誰もお茶を出さなかった。
沈黙がずっしりと重かった。
ナオトが咳払いをした。 「俺、そろそろ行かないと」
タケミチの手がとっさに伸びて、ナオトの袖をつかんだ。 「行くな」
「仕事が」
「ナオト。頼む」
日向が笑った。 本当の笑い声で、突然で、飾りのない笑いだった。 「本当に変わってないね」と日向はナオトに言った。
タケミチは袖を離した。 日向を見て、それから目をそらした。 そのとき気づいた。 ネックレスだ。 細いチェーン。 小さな四つ葉のクローバーのペンダントが鎖骨のあたりにあった。
しばらく、何も言わずにそれを見ていた。
「じゃあ」ナオトが立ち上がって言いました。 「ここにいるのはやめよう。行くぞ」
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車の中は、もっとひどかった。 ナオトが運転した。 日向は後ろに乗った。 タケミチは助手席に座って、日向が見ていないと思ったときにバックミラーで彼女を見た。 見るたびに、ネックレスがあった。 街灯の光を受けてきらりと光っていた。
四つ葉のクローバーのネックレスを日向にあげたのは俺だ。 十二年前、全部が始まる前に。 でもあれは別の時間軸の話だ。 今の、俺が作ったこの未来では、あの瞬間はまだあったのか? 日向がそれを持っているのは俺のせいか、それとも自分で買ったのか、それとも誰か別の人が――
携帯が鳴った。 一秒後に、ナオトの携帯も鳴った。 ナオトが電話に出て、聞いて、「はい」と二回言って、車を路肩に停めた。
「行かないといけない」ナオトはもうドアを開けていました。 「警察の応援要請だ。車はここに置いていく。明日取りに来る」ナオトは日向を指さした。 「スピード出すなよ」タケミチを指さした。 「変なことするなよ」
二人が何か言う前に、ナオトはいなくなってしまった。
停まった車の中で、暗い夜に二人だけで座っていた。
タケミチはフロントガラスの前をまっすぐ見ていた。
「近くに公園があるよ」と日向が言った。
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小さな駐車場に停めて、二人は歩いた。 公園は静かだった。 日向はゆっくりと歩いて、コートのポケットに手を入れて、前の道を見ていた。 その表情がタケミチには読めなかった。
「この場所、懐かしいな」と日向は言いました。
タケミチは待った。
「好きな人がいたんだ。昔」日向は慎重に言った。 どこまで話すか決めながら話しているみたいに。 「クリスマスイブに、ここにいた。その人に別れを告げられる前の、最後の夜だった」
タケミチは足元の地面がほんの少し動いたような気がした。 日向はもう次に進んでいると思っていた。 自分にそう言い聞かせていた。 事実として信じていた。 「誰かに別れを告げられたの?」
「うん」
「それは、信じられない。そんなことする人がいるなんて」
日向が歩くのを止めた。 振り返ってタケミチを見た。 目が光っていた。 「そうだよ」と日向は言って、声が少し割れた。 「私も、なんでかわからない。何年も考えてた。教えてくれる?なんでそういうことをするの?」日向はもう泣いていた。 大声じゃなく、ただ涙が流れていた。 「なんで、ただそうやって去っていくの?」
タケミチの胸が冷たくなって、それから熱くなって、それから完全に静かになった。
日向は俺のことを話している。
日向は俺を忘れていなかった。 十二年間、ずっと抱えていたのだ。 首のネックレス。 この公園でのクリスマスイブ。 全部を持ち続けていた。 なのに俺は二十分前にアパートの外に立って、日向はもう先に進んでいるだろうと自分に言い聞かせていた。 恥ずかしいやつだ、日向の時間を無駄にするだけだと。
タケミチは、何か間違ったことを言ってしまう前に、公園の端のトイレに向かって歩いた。
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蛇口を出したまま、鏡の中の自分を見た。 日向はまだ俺を好きだ。 ずっとそうだったのだ。 十二年間、俺が中から作り直した時間軸を越えて。 今、外の暗闇の中でそのことを泣いている。
手を拭いた。 ドアを押して出た。
一人の男がすぐ外に立っていた。 タケミチを見て、その表情が変わった。 驚き、そして、その下を速く動いていく何か計算するようなものがあった。 「へえ」とその男は言った。 「車にいなかったんだ」
タケミチはその男を見た。 男の手を見た。 指の関節に渡る太い線の刺青。 半間ハンマ。
その名前は、タケミチの胃から始まって胸へと上がってくる冷たい感覚とともに来た。 何がどういう意味かを考えようとしなかった。 向きを変えて走った。
ナオトの車が駐車場にあった。 日向が中にいて、車内灯がついていた。 もう一台の車がライトを消したまま駐車場を速く横切ってきていた。 タケミチは日向の名前を叫びながら走った。 間に合わないとわかっていた。
車がナオトの車の運転席側にぶつかった。 その音はすさまじかった。
タケミチは壊れた車に走り寄って、運転席のドアを引いた。 内側につぶれていて開かなかった。 反対側に回った。 ぶつかってきた車はコンクリートの柱にめり込んでいた。 運転席側がぶつかった衝撃を受けていた。
運転手はまだ中にいた。 顔に血がついていた。 ゆっくりと頭を向けた。 仙道アッくん。
タケミチは息が止まった。
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千道淳。 幼なじみ。 別の未来で、幽霊みたいに生きていたタケミチに、屋上で「みんなを救ってくれ」と言ってから端から踏み出した友だち。 今ここで、同じ壊れた表情で、血を流しながら座っているその友だちが。
「車にいなかったんだな」とアッくんは言った。 とても静かな声だった。 「俺は、二人とも乗ってると思って――」
「アッくん」
「どこで間違えたんだろう」アッくんはハンドルの上の自分の手を見ていた。 「いつから始まったのかも、もうわからない。 キサキが、怖いんだ、タケミチ。 ずっと怖かった」アッくんが顔を上げた。 「救ってくれ。 みんなを。 頼む――」
車が爆発した。
熱がタケミチを後ろに吹き飛ばした。 地面に倒れて、立ち上がった。 何も聞こえなかった。 全部を満たす耳鳴りだけがあった。 ナオトの車に向かって走った。 日向が中にいる。 火が広がっていた。
ドアを開けた。
日向は生きていた。 顔を向けてタケミチを見た。 生きていた。
「日向。行くぞ。動かないといけない」
日向は動こうとしたが、できなかった。 自分の足を見て、それからタケミチを見た。 その表情がとても落ち着いていた。 叫んでくれたほうがまだよかった。
「足が、感じられない」と日向は言った。
タケミチは車に乗り込んだ。 後ろからアッくんの燃える車の熱が押し寄せてきた。 乗っている車の燃料のにおいがして、それが何を意味するかわかった。 でも動かなかった。
日向を抱きしめた。
「タケミチ――」
「好きだ」タケミチは日向の髪に顔を押し当てた。 「十四歳のときから好きで、死ぬまでずっと好きで、お前に知っていてほしいんだ」
「知ってるよ」と日向は言った。 声の中に笑みが聞こえた。 こんなときでも。 「知ってる。ずっと知ってた」日向は少し引いてタケミチを見た。 タケミチの胸に押し当てた手が震えていた。 「だから出て」
「いやだ」
「出て。ここで死んでほしくない」
「お前を置いていけない」
「タケミチ」日向はタケミチを押した。 優しくじゃなかった。 「出て」
日向は笑っていた。 まっすぐで、はっきりした笑顔だった。 いつでもそうだったように。 最後まで。
日向がタケミチを押し出した。 ドアが閉まった。 車が炎に包まれた。
タケミチは駐車場のコンクリートの上に膝をついて、目の前で燃える炎を見ていた。 熱が顔に当たっていた。 動けなかった。 目をそらせなかった。
そのとき、タケミチの中の何かがとても静かになって、とても固くなった。
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一度、未来を変えた。 逃げたいときに立ち向かうことでできた。 また、やる。 何度でも。 日向がここから歩いて去れる夜を見つけるまで。
何回戻らないといけないかわからなかった。 どうでもよかった。
彼女を守れる人間になる。 そのためなら何でもする。 トーマンのどこまで深く入っていかないといけなくても、頂点まで行かないといけなくても。
橘日向が生きている未来を見つける。
自分で作る。