西部州の洪水が引いたとき、過去も一緒に姿を現した。
熱帯性サイクロン「マイラ」がソロモン諸島を通過した後、80年以上前に激しい戦闘が行われたニュージョージア島群で、嵐による浸食と洪水が1940年代の不発弾や地雷を地表に露出させた。
国連ニュースが伝えた人道支援報告によると、この戦時中の爆発物の発見は、すでに15万人以上に影響を与えている緊急事態の中で最も深刻な問題の一つとされている。
マイラはソロモン海で勢力を強め、南太平洋を進む中でカテゴリー4に達した。嵐の通過中、ソロモン諸島では最大風速260キロメートル毎時の突風が記録されたと報告されている。サイクロンはパプアニューギニアにも上陸し、ミルン湾、東ニューブリテン、ブーゲンビルにも被害をもたらした。
被害の状況は深刻だ。21か所の医療施設が損壊し、84校の学校が被害を受け、約1万5800人の生徒に影響が出た。推定3600人の妊婦が緊急支援を必要としている。農作物や漁業も壊滅的な打撃を受け、人道支援への依存が深まっている。
国際社会の対応も進んでいる。国連緊急救援調整官は中央緊急対応基金から250万ドルを拠出した。英国もUNICEFやソロモン諸島赤十字社などを通じて支援を行っている。
しかし、復興の課題は二重の意味で困難だ。建物の修復や妊婦への支援だけでなく、西部州の泥の中には80年以上待ち続けた爆発物が今も眠っている。マイラはそれらを再び人々の前に引き出した。