引き金は動かなかった。
突然、電気が消えた。 完全な暗闇の中で、何かが稀咲に激しくぶつかった。 銃が床に落ちる音がした。 タケミチは衝撃の音を聞いた。 誰かが争う音を聞いた。 それから、何も聞こえなくなった。
---
目が覚めたとき、タケミチは外の歩道にいました。 頬が冷たいコンクリートに触れていました。 空は白っぽく、静かでした。 誰かが布でタケミチの傷を手当てしていました。 粗いけれど、しっかり巻かれていました。
恵介かもしれない、とタケミチは思いました。
目をぱちくりさせると、違いました。
羽宮一虎がタケミチの上にしゃがんで、あの黄色い平らな目で見ていました。 昔より年を取っていました。 顔の様子が変わっていました。 タケミチが想像していたより厳しいわけではなく、どこか慎重な感じでした。 無茶をすることの代償を学んだ人間の顔でした。
「一虎」とタケミチは言った。
一虎はタケミチを殴った。
一回ではなかった。 拳でタケミチを地面に戻して、それから靴で蹴り続けた。 怒りはなく、ただ黙々とやっていた。 それがもっと辛かった。 タケミチは丸くなってそれを受けた。 抵抗できなかったし、一虎の顔を見ていると、これは受けるべきものだとわかったので、戦い返さなかった。
一虎が止まったとき、息を切らしながらタケミチの上に立っていました。
「この前」と一虎は言いました。 「東卍の奴らが路地で女を殴っているのを見た。何をしているのか聞いたら」少し止まってから続けました。 「命令に従っているって言ってた」一虎はタケミチを見下ろして、知っている何かを探しているようでした。 「東卍はいつから女を殴る組織になったんだ」
タケミチには答えられなかった。
「お前には興味がない」と一虎は言いました。 「それははっきりさせておく。俺が助けようとしていたのは千冬だ」
残酷さはなかった。 だからこそ、言葉が重く刺さった。
---
一虎は車を運転しながら、残りのことを話してくれました。 タケミチは助手席に倒れるように座って、肋骨を押さえていました。
一虎が刑務所から出たとき、門の前に立って待っていたのは千冬でした。 千冬は東卍がどうなったかを説明しました。 大きくなりすぎて誰も手が出せない。 警察でも動けない。 中から腐っている。 そして一虎に、昔の東卍に戻すのを手伝ってほしいと頼みました。
「千冬が一人で戦っていた間」と一虎は道路を見ながら言いました。 「お前は何をしていた」
タケミチは自分の手を見ました。 このタイムラインでは、タケミチは東卍を救うために戦っていませんでした。 東卍を壊す側にいました。 東卍の幹部でした。 上に登っていました。 でも、登っていった先には、こんなものはなかったはずでした。
「千冬はお前を頼りにできなかった」と一虎は言いました。 責めているのではありませんでした。 ただの事実として、もうそれを受け入れていました。
窓の外を街が流れていきました。 タケミチは何年も前、あの駐車場の屋上でのマイキーの声を思い出しました。 東卍が何になるか話していた。 大きくなる。 一番大きくなる。 約束のように言っていた。
「これはマイキーが想像していたものか」とタケミチは聞きました。
一虎はすぐには答えませんでした。 「場地が守ろうとしたものか」
「違う」とタケミチは言いました。 「違う」
「なら、取り戻す」
---
一虎の電話が鳴りました。 三十秒も聞かずに、何も言わず切りました。
「昨夜」と一虎は言いました。 「稀咲がお前を捕まえていた間に、パーちんとペーやんが殺された」
車の中が狭く感じられました。
「マイキーは古い幹部たちを消している」と一虎は言いました。 「昔のマイキーを知っている人間を信用できないんだ。稀咲がその仕事をやっている」声を落ち着かせながら続けました。 「稀咲は命令に従っているだけだ。それだけだ。でも、稀咲だけを何とかしてもマイキーは直せない。もとを断たないといけない」
はっきりと素早く説明してくれました。 黒龍の残りが東卍に入り、マイキーの実行部隊になりました。 東卍の上の人間しか知らないほどの金を動かすようになって、その金がマイキーの何かを少しずつ腐らせていきました。 タケミチが覚えているマイキーは、今の姿の下に埋まってしまっていました。
一虎は隠し口座を見つけていました。 金の流れを止めるつもりでした。 稀咲を止めるのは千冬のはずでした。
「千冬は稀咲を追い詰めていた」と一虎は言いました。 「ある刑事と一緒に調べて、稀咲が橘ヒナタを殺す命令を出したという証拠を見つけた。 稀咲にはアリバイがあった。 事件が起きたとき、上の幹部たちと会議にいた。 でも千冬には、稀咲が命令を出したという証拠があった」 少し止まりました。 「だから稀咲は千冬を殺した」
タケミチは窓の外を見たまま、何も言いませんでした。 言えることが何もなかったので。
---
路地は狭かったです。 一虎が先に入って、タケミチは遠い壁の影に立っている人影を見ました。
胸が跳ね上がりました。 暗くても、その立ち方、その静けさがわかりました。
「直人」
花垣武道を、橘直人は前に出て警察手帳を見せて、殺人教唆の罪で逮捕しました。
---
取調室は静かでした。 直人はテーブルにノートパソコンを置いて、すぐに再生しました。
画面の中の男はタケミチでした。 同じ顔、同じ体つき。 でも、体の持ち方が違いました。 肩の角度、周りの空気の質。 彼が話せば人が動く、そういうことを学んだ人間に見えました。
「お前が現代に戻った瞬間」と直人は言いました。 「タイムラインが変わった。 過去でのお前の行動が、別の現在を作った。 このバージョンではお前はレンタルビデオ屋の店員じゃない。 東卍の幹部だ」 直人はタケミチが画面を見るのを見ていました。 「ヒナはまだ死ぬ。 八月十日。 仙道敦」
動画の中のタケミチは、敦だとわかる男に話しかけていました。 命令を出していました。 まだ標的が誰かは知らないが、東卍の邪魔になる人間を消す必要があると言っていました。 名前は電話で知らせると言っていました。 断ったら稀咲が来ると言っていました。
敦は、前日に妊娠した妻がいなくなったと言いました。 連絡が取れないと言いました。 誰かに話を聞いてもらえないかと頼みました。
画面の中のタケミチは、黙って言われた通りにしろと言いました。
直人はそのファイルを閉じて、別のファイルを開きました。
同じ部屋でした。 同じ男でした。 でも今回は一人でいて、デスクを壁にぶつけて壊していました。 自分のオフィスの残骸の中に立って、息を荒くしていました。 その顔には残酷さではなく、恐怖がありました。 標的が誰かを知ったばかりでした。
ヒナだと知ったばかりでした。
直人はノートパソコンを閉じました。
「両方の動画を録ったのは千冬だ」と直人は言いました。 「お前を守るために持っていた。 お前に使うことはなかった」 少し間を置きました。 「お前が千冬を守っていない間も、千冬はお前を守っていた」
タケミチは顔を両手に埋めました。
ヒナは何度も死んでしまう。 タイムラインが変わっても、方法が変わっても、何度も何度も死んでしまう。 そして自分は毎回、間に合わなかったか、間違えたか、壊れていた。 命令を出した男になってしまっていた。 東卍に登っていって、止めようとしていたものになってしまっていた。 それでもヒナは死んで、千冬は自分が残していった仕事を直すために死んで、パーちんとペーやんはどこかの路地で死んでいた。
「もう止めたい」とタケミチは言いました。
「わかってる」と直人は言いました。
「一部隊長になった。 それで十分だと思っていた。 それでもヒナは死んだ」
「わかってる」直人は前に身を乗り出しました。 「でも聞いてくれ。 元のタイムラインには場地も千冬も、俺たちの側の一虎もいなかった。 お前が彼らの影響を守ったんだ。 何かを守る価値があるこの未来は全部、お前がやってきたことのおかげで存在できているんだ」 声は落ち着いていました。 何度もこれを考えてきた人間の声でした。 「そして稀咲はお前をヒーローと呼んだ。 お前が触れたすべてのタイムラインでヒナを殺している。 それは偶然じゃない。 過去のお前と稀咲の間に何かあるはずだ。 そこに答えがある。 そこに行かなければならない」
廊下で足音がしました。 直人がドアを見ました。
「拘置所に連れていかれる。 この後、なかなか会えなくなるかもしれない」 立ち上がって、テーブルを越えて手を差し出しました。 「お前と稀咲の間で何があったか。 それを見つけてくれ。 そこに行く必要がある」
タケミチはその手を見ました。 千冬が一虎のために門の前で待っていたことを思いました。 千冬は約束を守ったから待っていた。 暗闇の中で銃を持ちながら泣いて、自分をヒーローと呼んだ少年のことを思いました。
タケミチは手を伸ばして、直人の手を握りました。
---
ボウリング場は明るくて騒がしかったです。 レンタルシューズと古いポップコーンのにおいがしました。 ピンが倒れる音が響いて、スコアボードがちらちらしていました。 橘ヒナタはタケミチの後ろのプラスチックの椅子に座って、手にジュースを持って、タケミチが投げる準備をするのを見ていました。
*これは過去だ*、とタケミチは思いました。 *もっと前だ。このころ、俺はボウリングにはまっていた。*
かっこいいところを見せたかった。 それは変わっていないようでした。 タケミチはヒナに向かって、見ていてくれ、またストライクを出すと言いました。
投げました。 ボールがきれいにカーブして、ポケットに当たって、全部のピンが倒れた。
隣のレーンから、別の誰かが同じタイミングでボールを投げました。 同じカーブ。 同じ結果。 両方のピンが倒れる音がほぼ同時に重なりました。
隣のレーンの男がタケミチの方を振り向きました。 苦労せずに何でもうまくできる人間の顔をしていて、笑っていました。
「俺たち、ぴったり同じだな」と男は言いました。
タケミチは男を見ました。