お葬式は小さな部屋で行われました。 線香と花の香りがしていました。 タケミチは日向の遺影の前に立ったまま、動けなかった。
彼女を玄関で見た。 車に乗せられるのを見た。 「ずっと好きだ」と伝えたら、彼女は笑った。 それなのに今、彼女の写真は白い菊に囲まれた額の中にある。 足が動かなかった。
涙が一粒、頬を流れた。 後ろでナオトが変な音を立てた。 泣いているのでも、息をしているのでもなかった。 その間にある、壊れたような音だった。
式が終わった後、外の階段に座っていたタケミチのところに日向の母が来ました。 しばらく黙ってタケミチを見ていた。
「大きくなったわね」と彼女は言いました。
そして何かをタケミチの手に押しつけた。 ネックレスだった。 小さくてシンプルな、日向がずっとつけていたもの。 タケミチが渡したものだった。
「あの子、あなたのことをとても愛していたのね」
タケミチは答えられなかった。 ネックレスを握りしめたまま、泣いた。
---
ナオトはいろいろ調べていたので、タケミチが外のベンチに座っているのを見つけると、ファイルを持って隣に座った。
「アツシには家族がいたんだ」とナオトは言いました。 「結婚していて、子どももいた」
タケミチは顔を上げた。 「じゃあ、なんであんなことをしたんだ?死ぬってわかってたはずなのに」
「誰かが家族を連れて行ったからだ」 ナオトの声は平らだった。 「行方不明になってる。誰かがそれを使って、アツシを動かした」 ナオトは少し間を置いた。 「死ぬ前に、何か言ったか?」
タケミチは最後の言葉を伝えた。
ナオトはファイルを閉じた。 「前と同じだ」 そのまましばらく黙っていた。 「何も変えられなかったんだ、タケミチ。ドラケンを助けても、意味がなかった。逃げられないのかもしれない」
「違う」
ナオトはタケミチを見た。
「ドラケンが問題じゃなかった。俺たちは直す場所を間違えたんだ」 タケミチは立ち上がった。 「もっと深く入らないといけない。トーマンの中の本当に腐ったものを壊さないといけない」 真剣な顔で、はっきりと言った。 「俺、トーマンのリーダーになる」
ナオトはしばらくタケミチを見つめた。 それから、葬式の花の香りがまだジャケットに残っていて、目がまだ赤いのに、笑った。 短くて疲れた笑いだった。
「本気だ」とタケミチは言った。
「わかってる」ナオトは首を振った。 「だから笑えるんだ」 そして静かに言いました。 「ありがとう。そう言ってくれて」 本当にそう思っていた。 無理な計画でも、何もないよりずっといい。 ファイルをもう一度見た。 「ドラケンがどうなったか知りたいって言ってたよな。調べてみる」
---
2017年10月20日。東京拘置所。
ナオトはタケミチを受付に連れて行って、何も説明しないまま手続きをした。 二人は面会室の廊下に立っていた。
「死んでないんだ」ナオトは言いました。 「トーマンにもいない。死刑囚として、ここにいる」
ブースのドアが開いて、龍宮寺堅、ドラケンが、ガラスの向こう側に座った。 頭はまだ剃っていた。 タトゥーもそのままだった。 前より年を取って、硬い顔になっていた。 でも、タケミチを見ると、少しだけ表情が緩んだ。
「タケミチ」スピーカーから声が聞こえてきた。 平らで、はっきりした声だった。 「久しぶりだな。元気そうで良かった」
タケミチは喉が苦しくなった。 しばらく何も言えなかった。 ガラスに手を当てた。
「橘ナオトです」やっと言えた。 「俺を助けてくれています」
ドラケンはナオトに一度うなずいてから、またタケミチを見た。
「死刑囚なんですね」タケミチは言った。 「人を殺したんですか」
「ああ」
「なんで?何があったんですか?トーマンはどうなったんですか?」
ドラケンは少し黙った。 恥ずかしがっているのでも、逃げているのでもなかった。 どう言えばいいか、考えていた。
「トーマンがこうなったのは、俺がある一人を止められなかったからだ」事実を言うように言った。 「自分のしたことは後悔していない。ここにいるのが当たり前だと思ってる。それは受け入れてる」少し止まった。 「でも、もう一度チャンスがあったら、自分の人生じゃなくて、あいつを止めることのためなら、もらいたい」
「誰ですか?」タケミチは聞いた。 でも、もう何となくわかっていた。
「キサキだ」
その名前がブースの中に落ちた。石のように。
「キサキはマイキーへの気持ちが腐っちまった」ドラケンは言いました。 「マイキーの心を手に入れられないなら、マイキーが大切にしているものを全部奪ってやろうと決めた。一つずつ」タケミチを真っすぐ見た。 「お前もその中に入ってる。東京を出ろ。見つかるな」
ドラケンの後ろのドアに警備員が現れた。 時間だった。
「待ってください」タケミチは言った。 「なんで俺が狙われるんですか?」
ドラケンは立ち上がった。 ドアが開く前に、一度だけ振り返った。
「今言っただろ」彼は言った。 「キサキは、万次郎が大切にしているものを奪う。それだけだ」
ドアが閉まった。
ガラスの向こうの廊下で、ドラケンは一人で歩いた。 頭の中に浮かんでいるのは法廷でも判決でもなかった。 キサキが命令を出して、ドラケンがそれをやった瞬間だった。 殺した男の顔。そして、それが結局、何の意味もなかったということだった。
---
ナオトの部屋に戻って、タケミチはソファに座って、ドラケンの言葉を何度も頭の中で繰り返した。
「想像できない」タケミチは言いました。 「ドラケンが人を殺すなんて。誰かの命令で」
「でも、やったんだ」ナオトはデスクに座って、ファイルを開きながら言いました。 「キサキが命令した。今、キサキはトーマンの実質的なリーダーだ。組織の中で一番強い立場の一つだ」タケミチを見た。 「警察はキサキの名前を知ってる。でも手が出せない。証拠がないので、逮捕できないんだ。証人もいない」
タケミチは壁を見た。「じゃあ、毎回、日向の死の裏にキサキがいたってことか」
「ほぼ確かだな」
タケミチは立ち上がった。「やっぱり、俺がトーマンのリーダーにならないといけない」
ナオトは目を丸くした。「葬式のときに言ってたのは冗談じゃなかったのか」
「本気だった」
「今はわかった」ナオトは顔をこすった。「それでも、無茶だ」
「キサキを止めるにはこれしかない。みんなを守るにはこれしかない」タケミチはナオトの方を向いた。 「どこかから始めなければならない。トーマンの中でちゃんとした立場が必要だ」少し考えた。 「パーちんのポジション。三番隊の隊長。そこに入れたら」
「それが計画か」ナオトは言いました。「中学生が入って行って、隊長になる」
「そうだ」
ナオトはしばらくタケミチを見た。 それから立ち上がって、部屋を渡ってきて、手を差し出した。
「じゃあ、直してくれ」と言いました。「信じてる」
二人は握手した。
---
銭湯は賑やかで、湯気がたっぷりで、石鹸の香りがしていました。
タケミチは過去に戻って、湯船の端に座っていた。 目がぼんやりしていたので、気持ちを落ち着かせようとしていたら、目の前の湯が一気に弾けた。 佐野万次郎が水の下から飛び出してきて、満面の笑みを向けてきた。
タケミチは叫んで、後ろに倒れそうになった。
「二人とも、年を考えろよ」湯船の向こうからドラケンの声がした。 部屋の反対側の壁に寄りかかっていた。 頭にシャンプーハットをかぶって、まっすぐ座って、完全に真剣な顔をしていた。
マイキーがそれを指さした。「シャンプーハットかぶってるじゃないか」
「目に泡が入らないからな。実用的だ」
「俺が知る中で一番強いやつが、五歳みたいなシャンプーハットをかぶってる」
ドラケンは何も答えなかった。
タケミチの胸がドキドキしていた。 驚いたからじゃなかった。 ドラケンを見ているからだった。 生きていた。 ここにいた。 シャンプーハットのことで言い合いをしながら、銭湯に座っていた。 世界に何も問題がないかのように。
「刺された傷は?」タケミチは聞いた。 「大丈夫ですか?」
ドラケンは肩をすくめた。 「問題ない。ちゃんとトレーニングしてるし」水から半分出て、シャツをめくって傷跡を見せた。 その下にあるお腹は、中学生のものには見えなかった。
「ドラケンさん」
「大丈夫だって」
マイキーは湯船を渡って、ドラケンのお腹を殴った。
ドラケンはぐっと前に曲がった。 水が飛んだ。 マイキーを本気で怒った目で睨んだ。
「無理するな」マイキーは明るく言った。
それから始まったのは、戦いとも遊びともつかないものだった。 いつもの二人みたいに。 ドラケンがマイキーに手を伸ばすと、マイキーが笑いながら逃げる。 湯船がぐるぐると荒れた。 ドラケンの頭の上の壁に引っかかっていたシャワーヘッドが外れて、空を飛んで、タケミチの頭の上にまっすぐ落ちてきた。
タケミチはシャワーヘッドを頭に乗せたまま座っていた。
マイキーもドラケンも止まった。 タケミチを見た。 それから顔を見合わせた。
二人は笑い出した。 本物の笑いだった。 大きくて、遠慮のない笑いで、タイルに響いた。
「なんでお前にはいつもそういうことが起きるんだ」マイキーは息ができないくらい笑いながら言った。
タケミチはシャワーヘッドをどかさなかった。 湯気と騒ぎと温かさの中に座ったまま、ドラケンがガラスの向こうで言っていた言葉を思い出していた。 「楽しかった。俺にとって、全てだった」
「このまま続けばいい」
本当にそう思ったので、胸が痛かった。
---
着替えて外に出ると、三ツ谷、パーちん、直哉が通りで待っていた。 ポケットに手を入れて、夕方の空気の中で息が白くなっていた。
マイキーはタケミチを見た。 声はいつも通り気楽なのに、その下には何か確かなものがあった。
「三番隊の新しい隊長を決める」マイキーは言った。 「お前も来い」