ナオトはノートをテーブルに置いて、顔を上げずに読みました。 「2005年8月3日。龍宮寺健。バイクチームの喧嘩で刺された。関係者五十人。原因は内部の争い――佐野万次郎の派閥と龍宮寺の間のトラブルとして記録されている。」
武道はナオトをじっと見た。 「それは間違いだ。」
「記録にはそう書いてあります。」
「記録なんてどうでもいい。ドラケンはミーキーのことを誰よりもわかってる。あの二人が争うはずがない。絶対にない。」
ナオトはノートから顔を上げました。 「つまり、何か起きたんですね。起きるはずのないことが。」 ノートを閉じた。 「だから武道さんが戻らなければならないんです。」
二人はしばらく黙っていました。
「ドラケンを救えば」とナオトは言いました。 「ミーキーは変わらない。ミーキーが変わらなければ、トーマンはああはならない。篤志も生きる。日向も生きる。」 少し間を置いた。 「それがミッションです。」
武道はうなずいた。 その重さはシンプルで、はっきりしていた。 迷いはなかった。 ただ、その大きさだけがあった。 武道は手を伸ばした。 ナオトがその手を取った。
二人は握手した。
武道が目を開けると、見覚えのない天井があった。 カラオケの機械からピンクの光が漏れていた。 下着姿の女の子が、すぐ近くから武道を覗き込んでいた。
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武道は叫んだ。 女の子も叫んだ。 部屋の電話が鳴って、彼女が受話器に手を伸ばしたとき、武道はもうドアを飛び出していた。 廊下を走り、心臓はいつもの二倍の速さで動いていた。
非常口を押して外に出ると、昼の光の中に立っていた。 息が荒かった。
過去が変わったのだ。 もちろんそうだ。 自分が変えたのだから。 武道は両手で顔を覆った。 あの部屋で何が起きたのかはわからないけれど、日向には絶対に知られてはいけない。
「何を知られちゃいけないの?」
武道は振り返った。
橘日向が後ろに立っていた。 頭を少し傾けて、肩にスクールバッグをかけていた。 何かおかしいとすでに決めていて、武道が認めるのを待っているときの、あの表情だった。
「何でもない」と武道は言った。
「最近、変だよ」と日向は言いました。 「花火のあとからずっと。何も言わないで走って行って、それから何日も冷たかった。」 もう少し武道をよく見た。 「でも今日は違う顔してる。なんか……もっと大人みたいな顔。」
武道が答えられないうちに、スマホが震えた。 画面を見た。 龍宮寺健。 「武蔵神社に来い」と電話口でドラケンは言った。 「集まってる。」 日向はもう武道の顔を読んでいた。 「私も行く」と彼女は言いました。
二人は一緒に神社へ歩きました。 途中で日向が言いました。 「武道にとって大切なことって何? 本当に大切なこと。」
武道は考えた。 ナオトが持っていたノートのことを。 その中に書かれていた名前のことを。
「今はうまく説明できない」と武道は言った。
日向はうなずきました。 「私にとっては、これかな。ただ武道と一緒にどこかへ歩くこと。大事な話をしなくてもいい。」 前を見たまま言った。 「それだけで十分。」
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武道は日向を見た。 君を救うことだ、と心の中で思った。 それが俺にとって大切なことだ。
神社が見えてきた。 エンジンの音も聞こえてきた。 何列にも並んだバイク、その隣に立つ多くの人たち。 その中の二人がすぐに前に出てきて、武道の前に立ちふさがった。
「ここはトーマンの集まりだ。帰れ。」 「招待されたんですが――」 「誰に?」 後ろから声が割り込んだ。 「俺に。」 落ち着いた顔をした背の高い男が歩いてきて、二人をほとんど軽蔑に近い目で見た。 「こいつは総長のお客だ。ミーキーに追い返した理由を説明できるか?」
二人は下がった。 背の高い男は武道をちらりと見た。 「三ツ谷。二番隊隊長だ。あいつらのことは気にしないでくれ。」
三ツ谷は二人を人混みの中を通り抜けて、佐野万次郎がバイクに座っているところへ連れて行った。 ミーキーは武道を見て、本当に嬉しそうな顔をした。 計算のない、純粋な嬉しさだった。
「来たんだね」とミーキーは言った。
ドラケンが隣に現れて、日向を見てから武道を見た。 「こんな場所に彼女を連れてきたのか。」
「こんな集まりだとは知らなくて――」武道は周りを見回して言った。
ドラケンはスマホを取り出した。 「エマ。こっちに来い。タケミチの彼女についてやってくれ。」 少し間を置いた。 「俺がそう言ってるからだ。」
バイクの方向からエマが来た。 武道の胃が一気に落ちた。 同じ女の子だった。 同じ顔。 カラオケルームにいたあの子だった。
エマは武道を見た。 ゆっくりと笑みが広がった。
「ヘタレ」と彼女は言った。
日向が振り返った。 「今、何て言ったの?」
「俺は……何があったか覚えてなくて――」
エマは腕を組んだ。 「服を脱がせておいて逃げたんだよ。」
一秒の沈黙があった。
それから日向は武道を叩いた。 二回叩いて、顎を上げて歩き去った。
エマはその後ろ姿を見ていた。 「ふーん。ちゃんと追いかけたね。」 少し考えるような顔をした。 「別に好きじゃないし。ただ早く大人になりたかっただけ。」 ドラケンをちらりと見た。 「少しくらい怒ってくれてもよかったのに。」
ドラケンは彼女を見た。 「俺が気にするのはミーキーとバイクと喧嘩だ。その順番で。」
エマは顔をしかめて歩き去った。
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ミーキーが集まりに向かって声を上げると、人混みがぎゅっと集まりました。
「メビウスのことだ」とミーキーは言った。 「揉め事がある。みんながどう思うか聞きたい。」
人混みの中から二人の男が前に出てきて、武道の肩に強くぶつかった。 武道はよろけて、倒れないために近くの腕を掴んだ。
「清水の分だ」と一人が吐き出すように言った。
「パーちん、ペヤン。」三ツ谷の声は平らだった。 「やめろと言われてるはずだ。」
「そんなの知らない。」 パーちんと呼ばれた方の顎は、痛そうなくらい固く引き締まっていた。 「俺には意味がわからない。」
ドラケンが二人の間に入った。 武道を見た。 「恨まないでやってくれ。パーの友達がメビウスとのことに巻き込まれたんだ。それがきっかけだ。」
三ツ谷がそこから引き取って、落ち着いた声で話しました。 メビウスは新宿を押さえている。 トーマンは渋谷を仕切っている。 縄張りはずっと保たれてきた。 それなのに、メビウスのリーダーの長内信隆がパーちんの友達の友人を見つけ出して、立てなくなるまで殴り、彼女の前で彼女に手を出し、金を奪い、家族への見せしめとして痛めつけて去った。
人混みが静まり返った。
ミーキーはパーちんを見た。 「どうしたい?」
パーちんの手は両脇で拳になっていた。 「戦えば俺たちも傷つく。わかってる。それでも。」 顔を上げた。 「戦いたい。あいつらをぶっ潰したい。」
ミーキーは集まった人たちを見渡した。 「怖いやつはいるか? めんどくさいと思うやつは?」
誰も口を開かなかった。 神社のあちこちで、一人ずつ、皆が笑い始めた。
ミーキーの声が夜全体に響いた。 「8月3日。武蔵祭り。メビウスをぶっ潰す!」
人混みが爆発した。
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武道はベッドに横になって天井を見上げながら、頭の中で問題をひっくり返し続けた。
8月3日。 それはナオトが報告書から読み上げた日付だった。 ドラケンが死んだ日。 そして今、8月3日に何が起きるかがわかった。 トーマンがメビウスと戦う。 つまり、ドラケンはその戦いの中で、もしくはその前後で死ぬのだ。 なのにナオトの記録には内部の争いと書いてあった。 メビウスのことではない。
戦いの中で何かが起きる。 トーマンの内側で何かが。
うまく考えられなかった。 まだ足りないピースが多すぎる。
朝までに、一つだけ決めた。 ドラケンのそばにいて、絶対に目を離さないようにする。
次の日、武��はドラケンを見つけて話をした。
ドラケンは長い間、武道を見ていた。 「嫌だ」と言って、歩いて行った。
武道はそれでもついて行った。
ドラケンはレストランへ行き、ミーキーがすでに座っているボックス席の向かいに滑り込みました。 ミーキーはキッズミールをまるで法律の書類でも確認するかのような真剣さで見ていた。
「旗がない」とミーキーは言った。 声はとても真剣だった。
ドラケンはジャケットのポケットから小さな紙の旗を取り出した。 ミーキーの食べ物の上に立てた。
ミーキーはそれを見た。 それからスプーンを取り上げて、満足そうに食べ始めた。
武道は二つ離れたテーブルに座って二人を見ていた。 胸の中で、何かがほんの少し緩むのを感じた。
食事が終わると、ミーキーはボックス席で眠ってしまった。 頭が後ろに落ちて、口が開いていた。 ドラケンは一瞬ミーキーを見てから、体を起こして肩に担いで、外へ連れて行った。
武道はその後についていった。
ドラケンは病院に来た。
武道は廊下にいました。 ドラケンとミーキーが部屋の中に入っていくのを見た。 ドアの隙間から、ベッドに横になって意識のない女の子が見えた。 パーちんの友達の彼女で、五日間眠ったままだった。 ベッドの横に男が立っていた。 彼女の父親だ。 誰が入ってきたかを見た瞬間、顔の悲しみが固く変わった。
「お前らみたいな人間のせいで」と男は言った。 声が割れた。 「これはお前らみたいなやつらのせいで起きたんだ。」
ミーキーが顎を上げた。 「俺たちは――」
ドラケンはミーキーの頭の後ろに手を置いて、押し下げた。 強くではない。 ただそれだけで十分だった。 それからドラケン自身も頭を下げた。
「すべて、俺たちの責任です」とドラケンは言った。
ミーキーはドラケンの手の下でじっとして、動かなかった。
父親は叫んだ。 五日間目を覚まさない娘のそばに立っている父親が言うであろうことを、全部叫んだ。 それから言葉が尽きて、顔を手で覆って泣いた。 そして部屋を出て行った。
廊下で武道は壁に背中をつけて、動けなかった。
部屋の中から、ドラケンの声が低く、はっきりと聞こえてきた。 「俺たちの問題は俺たちの世界の中だけにしなければならない。 俺たちの仲間には、みんな大切な人がいる。 その人たちを俺たちのやることに巻き込んではいけない。」 少し間を置いた。 「誰にも頭を下げなくていい、ミーキー。 でも、その人たちをここに持っていなければならない。」 胸の上に手を置くような間があった。 「わかるか?」
長い沈黙があった。
「うん。」 ミーキーの声は小さくて、武道がこれまで聞いたことのない本当の声だった。 「ドラケンがいてくれてよかった。」
武道は廊下に立って、理解した。
これがドラケンがミーキーに与えているものだった。 力でも、漠然とした忠誠心でも、喧嘩で隣に立つ存在でもない。 ドラケンはミーキーに良心を与えていた。 ミーキーの足を地面につなぎとめる重さだった。 ドラケンがいなければ、何も保たれない。
あの二人が争えるはずがない、と武道は思った。 記録に何と書いてあっても。 8月3日に何が起きたとしても、それはこんな二人の間から生まれたものじゃない。
誰かが仕組んだのだ。 誰かがトーマンの中に手を伸ばして、唯一のつなぎとめるものを壊したのだ。
未来であの部屋に立って、ナオトに渡した名前が頭に浮かんだ。 その決意がまだ自分の中に落ちているのを感じた。 取り消せないものとして。
稀咲。
まだどうやってかはわからない。 いつかもわからない。 でも今からあの8月3日までの間に、何かが動くはずだ。 そのときに、自分がそこにいなければならない。
武道は壁を離れて、ドラケンの後を追って通りへ出た。