6月8日月曜日、オマーン沖のホルムズ海峡付近でアメリカ軍のAH-64アパッチヘリコプターが墜落した。2人のパイロットは海から救助され、無事だった。しかし、この1機の喪失が大きな衝突へと発展した。
CBSニュースとアルジャジーラによると、アメリカ軍は翌6月9日、ホルムズ海峡周辺のイランの防空システム、レーダー基地、港湾施設などに対して空爆を実施した。キシュム島も攻撃対象に含まれていた。
この衝突が起きた背景には、不安定な停戦があった。4月に米国、イスラエル、イランの間で停戦が合意されていた。しかし記者たちは当初から「もろい」「不安定だ」と表現し続けた。この戦争は2月28日、米国とイスラエルがイランを攻撃したことで始まり、CBSニュースはその最初の攻撃でイランの最高指導者アリー・ハメネイー師が死亡したと報じている。6月7日から8日にかけて、紛争は100日目を迎え、停戦は崩れ始めた。
イランは沈黙しなかった。イスラム革命防衛隊はバーレーン、クウェート、ヨルダンのアメリカ軍施設にドローンとミサイルを発射した。ヨルダン上空では5発が迎撃された。イランはイスラエルへも弾道ミサイルを発射し、イスラエルはイラン国内の軍事施設を反撃で攻撃した。
一方、イエメンのフーシ派は紅海でイスラエル船舶の航行を「完全に禁止する」と宣言した。ホルムズ海峡はすでに事実上封鎖状態にあり、湾岸の石油・ガス輸送に影響が出ている中、紅海は数少ない残された航路の1つだった。
レバノンでも戦闘が続いた。イスラエルによるベイルート南部郊外への空爆が再び激化し、6月9日には南部のティール市などが攻撃を受けた。レバノンでの死者数は約3,500人から3,666人に達し、負傷者は10,800人を超えたとされている。
アメリカのドナルド・トランプ大統領は「2〜3日以内にイランと合意に署名できる可能性がある」と述べ、署名と同時にホルムズ海峡が再開されるとの見通しを示した。しかし戦場では、ミサイルの応酬と海上封鎖宣言が続いていた。