ナイジェリアのアド・エキティに住む14歳のダミロラ・アデオルの帰国は、多くの市民や教育関係者に大歓迎された。彼女は中国の上海で開催された世界スペリング大会に出場し、世界チャンピオンになって帰ってきたのだ。
2026年7月に開催されたこの大会に、ナイジェリアは初めて代表団を派遣した。セント・ローレンス・メトロポリタン・カレッジの1年生であるダミロラは、4人の代表チームのリーダーとして世界に挑んだ。代表チームには、イロリンのアッラヒーム国際カレッジのアブドゥルラフマン・ユスフとマリアム・ユスフ、そしてアサバのマドンナ国際学校のチネドゥ・オケディアチも加わっていた。
アジアへの切符を手にするため、彼らは厳しい予選を勝ち抜かなければならなかった。まず国内大会を突破し、ジンバブエのハラレで開催されたアフリカ大会に進出した。この大会には30カ国以上が参加し、1分間に20語を正確に発音して綴るという厳しいルールで行われた。ダミロラは強いプレッシャーの中で実力を発揮し、ジュニア部門で優勝した。
上海の世界大会でも、ナイジェリア代表は素晴らしい成績を残した。彼らは中学生グループ部門で最優秀賞を獲得し、マリアムとアブドゥルラフマンも個人メダルを獲得した。ダミロラは大会前に「世界中の仲間と出会い、語彙力を高め、トロフィーを持ち帰りたい」と語っていたが、その夢を完全に見事に実現させた。
エキティ州のビオドゥン・オイェバンジ知事は、彼女の旅費を支援しただけでなく、帰国後に特別なレセプションを開いて彼女を称えた。知事は、ダミロラの高校2年から大学卒業までのすべての学費をカバーする奨学金を提供することを発表した。さらに、教科書やパソコンの購入費用、毎月の生活手当も支給される。知事は「あなたは私たちを誇りに思わせてくれた。世界を制覇した今、次は未来を切り開いてほしい」と激励した。
ダミロラの母親であるアデオル夫人は、娘を支えてくれたすべての人々に深い感謝を伝えた。14歳の少女が辞書をマスターして挑んだ挑戦は、金メダルだけでなく、彼女の教育の未来をも確かなものにした。